あまりにもブログ更新してなさ過ぎて、使い方を忘れそうですが。
今年を振り返っていたら、幡ヶ谷のライブで「富士山」という音楽一人芝居をやったな〜ということを思い出して、古い PC から脚本( ? とも言えない)を引っ張り出すことに成功したので、記念に載せておきます。曲を思い出したら、そのうち音源を追加するかも、しないかも。。
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「富士山」
それは、一本の電話から始まった
〜ベルの音〜
はい?...えぇ、はい、繭子は長年の友人です。同郷の。… え?本当ですか?... はい。はい、確かに。… はあ。そうですか…
田舎から東京に出て来て 8年。都心の小さな会社でサボるでもなく、出世するでもなく日々働く私。
私から3年遅れて東京に出てきた繭子は、勉強して資格を取り、ネイルサロンというものを始めた。青山の外れで。
一年前、絶対に迷惑をかけないから、と泣き付かれて、私は繭子の連帯保証人になった。サロンをもっと大きくしたいという、彼女の意気込みを応援したい気持ちもあった。
その繭子が行方をくらましたらしい。
私もいっぱしの社会人として、連帯保証人の意味を知らないわけではない。彼女の借金は、今日から私の借金になったのだ。幸い、なんとか返済できるだけの蓄えは持っている。仕方がない、書類にサインをしたのは私なのだから。
もしかしたら少し話ができるだろうか?私は繭子の携帯に電話をした。だが案の定、彼女の番号はもう使われていなかった。
このお金、本当は密かに結婚のためにと考えていた。去年の夏から一緒に暮らし始めた彼氏との。彼との出会いは、友達に誘われていった、あまり興味のないライブハウス。いつの間にやら彼は、私の家に帰ってくるようになった。アルバイトもほどほどに、日がな一日ギターを弾いているその男を、周りの友人たちは陰で「ヒモ彼氏」と呼んでいるけれど、真剣に音楽を追究する少年のような彼の姿を見ていると、私はもうそれだけで充分だと思えた。
これからは少し二人の生活も厳しくなるかもしれない。私は彼の携帯に電話を掛けた。アルバイトに行っているのか、昼寝をしているのか、はたまたスタジオか、彼は出なかった。彼が電話に出ないことは珍しいことではない。いずれ折り返しがかかってくるだろう。
もう直ぐ自分の銀行口座が空っぽになる。そんな大きすぎる現実から少しの間でも目をそらそうと、私はいつになく仕事に集中した。
夜、帰宅しマンションの鍵を開ける。まだ帰ってないのか。彼の靴がなかった。ギターも無かった。カバンも無かった。そして T シャツと数枚の下着とスウェットも、無かった。
〜曲〜
静寂が押し寄せる きみのいなくなった部屋で
ドアの隙間から ベッドの下から 暗闇が押し寄せる
いつも座っていた ソファの右側
フリーマーケットで買ってあげた マグカップ
触れることもできなくて 私はこの部屋で
居場所をなくして立ち尽くす
あなたの居ない世界に どれほど価値がある?
長い夜が この身体と この心を 凍らせる
あなたの居ない世界に どれほど意味がある?
あなたの名残は かすかなタバコの 匂いだけ
〜曲〜
血の気の引いた頭のなかは、混乱しているようで、とても冷静なようで、彼が繭子の姿を目で追う時の表情が、脳裏にふと浮かんで消えた。テネシーワルツかな。本当のところはわからない。でも、もう…どうでもいいという気持ちになった。全財産と親友と恋人、その全てを私は同時に失ったのだ。明日からもまた同じように満員電車に揺られ、会社に通い、パソコンに向かう。そんなことができるとは、いまは到底考えられない。
真っ白になった頭のままぼんやりとした視線の先に、カレンダーの写真がうつった。真っ白い雲海の波間から浮かび上がる、夕陽の中の富士山。その足元には、迷い込んだら出てこられない、深い深い森があるという。そうだ、今からそこへ行こう。そこへ行って、全てを忘れて、私も森の一部になってしまおう。
私は財布とスマートフォンだけをカバンに入れ、一番近くのレンタカー屋へ向かった。
「喫煙可能車しかないんですよ〜、大丈夫ですかぁ?」
深夜にしてはやけに元気の良い店員の問いかけに、声を出すエネルギーさえ吸い取られ、ほとんど身振り手振り、うなづくだけで借りた、赤い軽自動車。24時間、7500円。久しぶりの運転に少なからず緊張しながら、私は東京の街を走りはじめた。「安全運転」心の中で呟いたすぐ後に「自殺しに行く者が安全運転もあったものか」と奇妙な矛盾にふっと笑った。
「三鷹料金所」「調布」「国立府中」「八王子料金所」「相模湖」「談合坂サービスエリア」
”ここでお昼にしようよ”
いつかのドライブでそう言った私に、彼は言ったっけ。
”この先の「初狩」の生姜焼き定食がうまいんだよ”
もう、そこへは行かない。初狩の手前「大月ジャンクション」で富士吉田線に進む。河口湖出口で一般道へおりた。シャッターの閉まった鄙びた土産物屋や、蕎麦屋の看板がときおり道路脇に現れては消える。やけに白々としたコンビニの明かり。やがて小さな民家すらない深い木立へと、景色は移り変わっていった。
いつしかまばらな街灯も途絶え、自分の車のヘッドライトだけが、行く先の道路を照らしだす。緩やかにカーブしながら森の奥へと道は続く。
…と、突然に車が速度を落としはじめた。アクセルを踏み込んでも全くスピードが上がらない。それどころか、徐々に歩くほどの速度になり、やがて静かに止まった。燃料はまだ十分に入っているはず。故障だろうか。何度も鍵を回してみたが、もう車はうんともすんとも言わなかった。こんな真夜中、追い抜いて行く車も、すれ違う車もいない。
仕方がない。
私はここに車を乗り捨てて行くことにした。このまま私が森に入って帰らぬ人となったところで、きっと誰かがこの車を見つけて、そうしたらあのレンタカー屋が回収に来ることだろう。
空は雲ひとつない夜だが、月がない。新月だろうか。星の明かりとスマホの画面の明かりとを頼りに、私は夜の森へ続く道を歩きはじめた。
「今どの辺りだろう?」ずいぶん歩いた気がする。スマホの地図アプリを立ち上げた私は大変なことに気がついた。充電のマークが、赤い。慌てて現在地を確認しようとしたその時、無情にも画面は真っ黒になっていった。夜が、一層静けさを増した。
ぼんやりと星明かりが映し出す路肩の線を頼りに私は夜の道を進んだ。もう自分が今どの辺りにいるのかすらわからない。道に迷った。おかしな話だ。道に迷うためにやってきたのだ。それなのに、道に迷う前に、道に迷った。
遠くの木立の奥に、うっすらと明かりが灯っているのが見えた。近づいて行くと何やら、人々が集まって焚き火を囲んでいるようだ。さらに近づくと、ざわざわと音楽のようなものが聞こえてくる。
〜曲〜
歌い踊り明かせよ 月のない この夜
君の名も忘れよ 月のない この夜
今宵ここに踊るは 音のない この娘
歌い踊り明かせよ 月のない この夜
僕の名も忘れよ 月のない この夜
君の細い指先で 地球は周り出す
〜音つづく〜
「あの…」
「ん?聞いて行くかい?今日は新月だからね。仲間うちでお祭りなのさ。こんな真夜中に?ここには苦情なんて言ってくる無粋な人間はいないからね。何よりこの森の住人はみな、今夜はこの祭りに集まっているのだから。」
「あの踊っている女の子は?」
「あぁ、あの子かい。きれいだろう。彼女は生まれつき耳が聞こえていないんだ。生まれたばかりの頃に、この森の入口に捨てられていてね、ずっとこの森で育った。祭りの夜はいつも踊ってくれるのさ。誰もあの娘と言葉を交わしたことはないがね、この森で一番の人気者さ。」
「ええ、本当に美しい!とても音が聞こえて居ないだなんて…。
あの、ところでそのコーヒーを、一杯いただくことはできませんか?ずっと歩いてきたからすっかり冷えてしまって。あ、お金なら少し…。」
「これを売ることはできないね。大体「カネ」なんていうもの、この森では使う人が居ないんだ。なんの役にもたたない紙切れだよ、硬くって鼻をかむこともできない。
でもね、もし君が今晩、この祭りを一緒に楽しもうというなら、ほら、ゆっくり飲んで行くがいいよ。」
〜音〜→〜変わる〜
「さあ、次はほら、あのおじいさん。盲目の吟遊詩人の登場だよ」
〜曲〜
海は私の喜び 輝く波をとらえよう
海は私のふるさと 全てを教えた
時を忘れ 波追いかけ
日暮れの浜辺 愛を語る
海は私の悲しみ あの日押し寄せた波が
全てを飲み込んでいった 舟も 櫂も
愛するものたちさえも
そして打ち上げられた 洞窟の暗闇
確かにあなたの手を 掴んで居たはずなのに
その手は 冷たく…
あなたの居ない世界に どれほど価値がある?
長い夜が この身体と この心を 凍らせる
あなたの居ない世界に どれほど意味がある?
この目にはもう あなたの姿も光も映らない
〜音つづく〜
「おや、今日は新しいお客人がいるようだね。さてはこの辺りで道に迷ったかな?
この森にはときどき、道に迷った旅人がやって来る。かつての私もそうだった。大きな津波に飲み込まれ、妻をなくし、目も見えなくなった。浜辺にぽっかりと空いた鍾乳洞に流れ込んでね、自分がもう生きているのかも分からないまま、洞窟の壁をずっと伝って歩いてきたら、この森にたどり着いたというわけさ。
この森には、じつにさまざまな境遇を抱えた人たちが暮らしている。誰かに裏切られ、大切にしていたものをなくし、人生に迷った旅人たちが、ここで旅をするのをやめ、新しい人生を生きて行くんだ。
さっき君は見ただろう、あの音の聞こえない娘が踊る姿を。あんな心躍るような美しいものに、これからも出会うことができるのだよ、あなたがただ 生きてさえいれば!」
〜曲〜
あなたの居ない世界に どれほど価値がある?
君が笑い、君が泣いて それだけでそれだけで
あなたの生きる世界は こんなにも素晴らしい
やがて生命 尽きる日まで 生かされているのだから
大きな力に
〜鈴の音〜
バックミラーに映る朝陽が眩しくて、私は目を覚ました。乗り捨てたはずの赤いレンタカーの中で、私は眠っていたらしい。あの、森の人たちは夢だったのだろうか?鬱蒼とした樹々の間から降り注ぐ朝の光が、とても清々しい。徐々に昨日の出来事を思い出す。私は昨日、友人と男とお金とを、いっときに失った。だからなんだと言うのだ?約束を守れない友達など、友達ではない。私より自由を愛する男に、愛を与える価値などない。お金なら、食べていける分だけあればいい。
鍵を回すと、エンジンが軽快な音で回り始めた。
そうだ、この車は今日の夜までに返せばいいんだった。会社には後で適当な言い訳を言うとして、今日は少しドライブを楽しもう。河口湖に映る富士山も見てみたい。私は森の中の道を、昨夜来たのと反対に走り始めた。鼻歌を歌いながら…
〜曲〜
私の生きる世界は こんなにも素晴らしい
やがて生命 尽きる日まで 生かされているのだから
大きな力に
私から3年遅れて東京に出てきた繭子は、勉強して資格を取り、ネイルサロンというものを始めた。青山の外れで。
一年前、絶対に迷惑をかけないから、と泣き付かれて、私は繭子の連帯保証人になった。サロンをもっと大きくしたいという、彼女の意気込みを応援したい気持ちもあった。
その繭子が行方をくらましたらしい。
私もいっぱしの社会人として、連帯保証人の意味を知らないわけではない。彼女の借金は、今日から私の借金になったのだ。幸い、なんとか返済できるだけの蓄えは持っている。仕方がない、書類にサインをしたのは私なのだから。
もしかしたら少し話ができるだろうか?私は繭子の携帯に電話をした。だが案の定、彼女の番号はもう使われていなかった。
このお金、本当は密かに結婚のためにと考えていた。去年の夏から一緒に暮らし始めた彼氏との。彼との出会いは、友達に誘われていった、あまり興味のないライブハウス。いつの間にやら彼は、私の家に帰ってくるようになった。アルバイトもほどほどに、日がな一日ギターを弾いているその男を、周りの友人たちは陰で「ヒモ彼氏」と呼んでいるけれど、真剣に音楽を追究する少年のような彼の姿を見ていると、私はもうそれだけで充分だと思えた。
これからは少し二人の生活も厳しくなるかもしれない。私は彼の携帯に電話を掛けた。アルバイトに行っているのか、昼寝をしているのか、はたまたスタジオか、彼は出なかった。彼が電話に出ないことは珍しいことではない。いずれ折り返しがかかってくるだろう。
もう直ぐ自分の銀行口座が空っぽになる。そんな大きすぎる現実から少しの間でも目をそらそうと、私はいつになく仕事に集中した。
夜、帰宅しマンションの鍵を開ける。まだ帰ってないのか。彼の靴がなかった。ギターも無かった。カバンも無かった。そして T シャツと数枚の下着とスウェットも、無かった。
〜曲〜
静寂が押し寄せる きみのいなくなった部屋で
ドアの隙間から ベッドの下から 暗闇が押し寄せる
いつも座っていた ソファの右側
フリーマーケットで買ってあげた マグカップ
触れることもできなくて 私はこの部屋で
居場所をなくして立ち尽くす
あなたの居ない世界に どれほど価値がある?
長い夜が この身体と この心を 凍らせる
あなたの居ない世界に どれほど意味がある?
あなたの名残は かすかなタバコの 匂いだけ
〜曲〜
血の気の引いた頭のなかは、混乱しているようで、とても冷静なようで、彼が繭子の姿を目で追う時の表情が、脳裏にふと浮かんで消えた。テネシーワルツかな。本当のところはわからない。でも、もう…どうでもいいという気持ちになった。全財産と親友と恋人、その全てを私は同時に失ったのだ。明日からもまた同じように満員電車に揺られ、会社に通い、パソコンに向かう。そんなことができるとは、いまは到底考えられない。
真っ白になった頭のままぼんやりとした視線の先に、カレンダーの写真がうつった。真っ白い雲海の波間から浮かび上がる、夕陽の中の富士山。その足元には、迷い込んだら出てこられない、深い深い森があるという。そうだ、今からそこへ行こう。そこへ行って、全てを忘れて、私も森の一部になってしまおう。
私は財布とスマートフォンだけをカバンに入れ、一番近くのレンタカー屋へ向かった。
「喫煙可能車しかないんですよ〜、大丈夫ですかぁ?」
深夜にしてはやけに元気の良い店員の問いかけに、声を出すエネルギーさえ吸い取られ、ほとんど身振り手振り、うなづくだけで借りた、赤い軽自動車。24時間、7500円。久しぶりの運転に少なからず緊張しながら、私は東京の街を走りはじめた。「安全運転」心の中で呟いたすぐ後に「自殺しに行く者が安全運転もあったものか」と奇妙な矛盾にふっと笑った。
「三鷹料金所」「調布」「国立府中」「八王子料金所」「相模湖」「談合坂サービスエリア」
”ここでお昼にしようよ”
いつかのドライブでそう言った私に、彼は言ったっけ。
”この先の「初狩」の生姜焼き定食がうまいんだよ”
もう、そこへは行かない。初狩の手前「大月ジャンクション」で富士吉田線に進む。河口湖出口で一般道へおりた。シャッターの閉まった鄙びた土産物屋や、蕎麦屋の看板がときおり道路脇に現れては消える。やけに白々としたコンビニの明かり。やがて小さな民家すらない深い木立へと、景色は移り変わっていった。
いつしかまばらな街灯も途絶え、自分の車のヘッドライトだけが、行く先の道路を照らしだす。緩やかにカーブしながら森の奥へと道は続く。
…と、突然に車が速度を落としはじめた。アクセルを踏み込んでも全くスピードが上がらない。それどころか、徐々に歩くほどの速度になり、やがて静かに止まった。燃料はまだ十分に入っているはず。故障だろうか。何度も鍵を回してみたが、もう車はうんともすんとも言わなかった。こんな真夜中、追い抜いて行く車も、すれ違う車もいない。
仕方がない。
私はここに車を乗り捨てて行くことにした。このまま私が森に入って帰らぬ人となったところで、きっと誰かがこの車を見つけて、そうしたらあのレンタカー屋が回収に来ることだろう。
空は雲ひとつない夜だが、月がない。新月だろうか。星の明かりとスマホの画面の明かりとを頼りに、私は夜の森へ続く道を歩きはじめた。
「今どの辺りだろう?」ずいぶん歩いた気がする。スマホの地図アプリを立ち上げた私は大変なことに気がついた。充電のマークが、赤い。慌てて現在地を確認しようとしたその時、無情にも画面は真っ黒になっていった。夜が、一層静けさを増した。
ぼんやりと星明かりが映し出す路肩の線を頼りに私は夜の道を進んだ。もう自分が今どの辺りにいるのかすらわからない。道に迷った。おかしな話だ。道に迷うためにやってきたのだ。それなのに、道に迷う前に、道に迷った。
遠くの木立の奥に、うっすらと明かりが灯っているのが見えた。近づいて行くと何やら、人々が集まって焚き火を囲んでいるようだ。さらに近づくと、ざわざわと音楽のようなものが聞こえてくる。
〜曲〜
歌い踊り明かせよ 月のない この夜
君の名も忘れよ 月のない この夜
今宵ここに踊るは 音のない この娘
歌い踊り明かせよ 月のない この夜
僕の名も忘れよ 月のない この夜
君の細い指先で 地球は周り出す
〜音つづく〜
「あの…」
「ん?聞いて行くかい?今日は新月だからね。仲間うちでお祭りなのさ。こんな真夜中に?ここには苦情なんて言ってくる無粋な人間はいないからね。何よりこの森の住人はみな、今夜はこの祭りに集まっているのだから。」
「あの踊っている女の子は?」
「あぁ、あの子かい。きれいだろう。彼女は生まれつき耳が聞こえていないんだ。生まれたばかりの頃に、この森の入口に捨てられていてね、ずっとこの森で育った。祭りの夜はいつも踊ってくれるのさ。誰もあの娘と言葉を交わしたことはないがね、この森で一番の人気者さ。」
「ええ、本当に美しい!とても音が聞こえて居ないだなんて…。
あの、ところでそのコーヒーを、一杯いただくことはできませんか?ずっと歩いてきたからすっかり冷えてしまって。あ、お金なら少し…。」
「これを売ることはできないね。大体「カネ」なんていうもの、この森では使う人が居ないんだ。なんの役にもたたない紙切れだよ、硬くって鼻をかむこともできない。
でもね、もし君が今晩、この祭りを一緒に楽しもうというなら、ほら、ゆっくり飲んで行くがいいよ。」
〜音〜→〜変わる〜
「さあ、次はほら、あのおじいさん。盲目の吟遊詩人の登場だよ」
〜曲〜
海は私の喜び 輝く波をとらえよう
海は私のふるさと 全てを教えた
時を忘れ 波追いかけ
日暮れの浜辺 愛を語る
海は私の悲しみ あの日押し寄せた波が
全てを飲み込んでいった 舟も 櫂も
愛するものたちさえも
そして打ち上げられた 洞窟の暗闇
確かにあなたの手を 掴んで居たはずなのに
その手は 冷たく…
あなたの居ない世界に どれほど価値がある?
長い夜が この身体と この心を 凍らせる
あなたの居ない世界に どれほど意味がある?
この目にはもう あなたの姿も光も映らない
〜音つづく〜
「おや、今日は新しいお客人がいるようだね。さてはこの辺りで道に迷ったかな?
この森にはときどき、道に迷った旅人がやって来る。かつての私もそうだった。大きな津波に飲み込まれ、妻をなくし、目も見えなくなった。浜辺にぽっかりと空いた鍾乳洞に流れ込んでね、自分がもう生きているのかも分からないまま、洞窟の壁をずっと伝って歩いてきたら、この森にたどり着いたというわけさ。
この森には、じつにさまざまな境遇を抱えた人たちが暮らしている。誰かに裏切られ、大切にしていたものをなくし、人生に迷った旅人たちが、ここで旅をするのをやめ、新しい人生を生きて行くんだ。
さっき君は見ただろう、あの音の聞こえない娘が踊る姿を。あんな心躍るような美しいものに、これからも出会うことができるのだよ、あなたがただ 生きてさえいれば!」
〜曲〜
あなたの居ない世界に どれほど価値がある?
君が笑い、君が泣いて それだけでそれだけで
あなたの生きる世界は こんなにも素晴らしい
やがて生命 尽きる日まで 生かされているのだから
大きな力に
〜鈴の音〜
バックミラーに映る朝陽が眩しくて、私は目を覚ました。乗り捨てたはずの赤いレンタカーの中で、私は眠っていたらしい。あの、森の人たちは夢だったのだろうか?鬱蒼とした樹々の間から降り注ぐ朝の光が、とても清々しい。徐々に昨日の出来事を思い出す。私は昨日、友人と男とお金とを、いっときに失った。だからなんだと言うのだ?約束を守れない友達など、友達ではない。私より自由を愛する男に、愛を与える価値などない。お金なら、食べていける分だけあればいい。
鍵を回すと、エンジンが軽快な音で回り始めた。
そうだ、この車は今日の夜までに返せばいいんだった。会社には後で適当な言い訳を言うとして、今日は少しドライブを楽しもう。河口湖に映る富士山も見てみたい。私は森の中の道を、昨夜来たのと反対に走り始めた。鼻歌を歌いながら…
〜曲〜
私の生きる世界は こんなにも素晴らしい
やがて生命 尽きる日まで 生かされているのだから
大きな力に