Live Schedule

2018年12月14日金曜日

富士山...という音楽朗読劇



あまりにもブログ更新してなさ過ぎて、使い方を忘れそうですが。

今年を振り返っていたら、幡ヶ谷のライブで「富士山」という音楽一人芝居をやったな〜ということを思い出して、古い PC から脚本( ? とも言えない)を引っ張り出すことに成功したので、記念に載せておきます。曲を思い出したら、そのうち音源を追加するかも、しないかも。。

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「富士山」

それは、一本の電話から始まった

〜ベルの音〜
はい?...えぇ、はい、繭子は長年の友人です。同郷の。… え?本当ですか?... はい。はい、確かに。… はあ。そうですか…


田舎から東京に出て来て 8年。都心の小さな会社でサボるでもなく、出世するでもなく日々働く私。

私から3年遅れて東京に出てきた繭子は、勉強して資格を取り、ネイルサロンというものを始めた。青山の外れで。

一年前、絶対に迷惑をかけないから、と泣き付かれて、私は繭子の連帯保証人になった。サロンをもっと大きくしたいという、彼女の意気込みを応援したい気持ちもあった。

その繭子が行方をくらましたらしい。

私もいっぱしの社会人として、連帯保証人の意味を知らないわけではない。彼女の借金は、今日から私の借金になったのだ。幸い、なんとか返済できるだけの蓄えは持っている。仕方がない、書類にサインをしたのは私なのだから。

もしかしたら少し話ができるだろうか?私は繭子の携帯に電話をした。だが案の定、彼女の番号はもう使われていなかった。

このお金、本当は密かに結婚のためにと考えていた。去年の夏から一緒に暮らし始めた彼氏との。彼との出会いは、友達に誘われていった、あまり興味のないライブハウス。いつの間にやら彼は、私の家に帰ってくるようになった。アルバイトもほどほどに、日がな一日ギターを弾いているその男を、周りの友人たちは陰で「ヒモ彼氏」と呼んでいるけれど、真剣に音楽を追究する少年のような彼の姿を見ていると、私はもうそれだけで充分だと思えた。

これからは少し二人の生活も厳しくなるかもしれない。私は彼の携帯に電話を掛けた。アルバイトに行っているのか、昼寝をしているのか、はたまたスタジオか、彼は出なかった。彼が電話に出ないことは珍しいことではない。いずれ折り返しがかかってくるだろう。

もう直ぐ自分の銀行口座が空っぽになる。そんな大きすぎる現実から少しの間でも目をそらそうと、私はいつになく仕事に集中した。

夜、帰宅しマンションの鍵を開ける。まだ帰ってないのか。彼の靴がなかった。ギターも無かった。カバンも無かった。そして T シャツと数枚の下着とスウェットも、無かった。

〜曲〜

静寂が押し寄せる きみのいなくなった部屋で
ドアの隙間から ベッドの下から 暗闇が押し寄せる

いつも座っていた ソファの右側
フリーマーケットで買ってあげた マグカップ
触れることもできなくて 私はこの部屋で
居場所をなくして立ち尽くす

あなたの居ない世界に どれほど価値がある?
長い夜が この身体と この心を 凍らせる
あなたの居ない世界に どれほど意味がある?
あなたの名残は かすかなタバコの 匂いだけ

〜曲〜

血の気の引いた頭のなかは、混乱しているようで、とても冷静なようで、彼が繭子の姿を目で追う時の表情が、脳裏にふと浮かんで消えた。テネシーワルツかな。本当のところはわからない。でも、もう…どうでもいいという気持ちになった。全財産と親友と恋人、その全てを私は同時に失ったのだ。明日からもまた同じように満員電車に揺られ、会社に通い、パソコンに向かう。そんなことができるとは、いまは到底考えられない。

真っ白になった頭のままぼんやりとした視線の先に、カレンダーの写真がうつった。真っ白い雲海の波間から浮かび上がる、夕陽の中の富士山。その足元には、迷い込んだら出てこられない、深い深い森があるという。そうだ、今からそこへ行こう。そこへ行って、全てを忘れて、私も森の一部になってしまおう。

私は財布とスマートフォンだけをカバンに入れ、一番近くのレンタカー屋へ向かった。

「喫煙可能車しかないんですよ〜、大丈夫ですかぁ?」

深夜にしてはやけに元気の良い店員の問いかけに、声を出すエネルギーさえ吸い取られ、ほとんど身振り手振り、うなづくだけで借りた、赤い軽自動車。24時間、7500円。久しぶりの運転に少なからず緊張しながら、私は東京の街を走りはじめた。「安全運転」心の中で呟いたすぐ後に「自殺しに行く者が安全運転もあったものか」と奇妙な矛盾にふっと笑った。

「三鷹料金所」「調布」「国立府中」「八王子料金所」「相模湖」「談合坂サービスエリア」

”ここでお昼にしようよ”

いつかのドライブでそう言った私に、彼は言ったっけ。

”この先の「初狩」の生姜焼き定食がうまいんだよ”

もう、そこへは行かない。初狩の手前「大月ジャンクション」で富士吉田線に進む。河口湖出口で一般道へおりた。シャッターの閉まった鄙びた土産物屋や、蕎麦屋の看板がときおり道路脇に現れては消える。やけに白々としたコンビニの明かり。やがて小さな民家すらない深い木立へと、景色は移り変わっていった。

いつしかまばらな街灯も途絶え、自分の車のヘッドライトだけが、行く先の道路を照らしだす。緩やかにカーブしながら森の奥へと道は続く。

…と、突然に車が速度を落としはじめた。アクセルを踏み込んでも全くスピードが上がらない。それどころか、徐々に歩くほどの速度になり、やがて静かに止まった。燃料はまだ十分に入っているはず。故障だろうか。何度も鍵を回してみたが、もう車はうんともすんとも言わなかった。こんな真夜中、追い抜いて行く車も、すれ違う車もいない。

仕方がない。

私はここに車を乗り捨てて行くことにした。このまま私が森に入って帰らぬ人となったところで、きっと誰かがこの車を見つけて、そうしたらあのレンタカー屋が回収に来ることだろう。

空は雲ひとつない夜だが、月がない。新月だろうか。星の明かりとスマホの画面の明かりとを頼りに、私は夜の森へ続く道を歩きはじめた。

「今どの辺りだろう?」ずいぶん歩いた気がする。スマホの地図アプリを立ち上げた私は大変なことに気がついた。充電のマークが、赤い。慌てて現在地を確認しようとしたその時、無情にも画面は真っ黒になっていった。夜が、一層静けさを増した。

ぼんやりと星明かりが映し出す路肩の線を頼りに私は夜の道を進んだ。もう自分が今どの辺りにいるのかすらわからない。道に迷った。おかしな話だ。道に迷うためにやってきたのだ。それなのに、道に迷う前に、道に迷った。

遠くの木立の奥に、うっすらと明かりが灯っているのが見えた。近づいて行くと何やら、人々が集まって焚き火を囲んでいるようだ。さらに近づくと、ざわざわと音楽のようなものが聞こえてくる。

〜曲〜

歌い踊り明かせよ 月のない この夜
君の名も忘れよ 月のない この夜
今宵ここに踊るは 音のない この娘

歌い踊り明かせよ 月のない この夜
僕の名も忘れよ 月のない この夜
君の細い指先で 地球は周り出す

〜音つづく〜

「あの…」

「ん?聞いて行くかい?今日は新月だからね。仲間うちでお祭りなのさ。こんな真夜中に?ここには苦情なんて言ってくる無粋な人間はいないからね。何よりこの森の住人はみな、今夜はこの祭りに集まっているのだから。」

「あの踊っている女の子は?」

「あぁ、あの子かい。きれいだろう。彼女は生まれつき耳が聞こえていないんだ。生まれたばかりの頃に、この森の入口に捨てられていてね、ずっとこの森で育った。祭りの夜はいつも踊ってくれるのさ。誰もあの娘と言葉を交わしたことはないがね、この森で一番の人気者さ。」

「ええ、本当に美しい!とても音が聞こえて居ないだなんて…。

あの、ところでそのコーヒーを、一杯いただくことはできませんか?ずっと歩いてきたからすっかり冷えてしまって。あ、お金なら少し…。」

「これを売ることはできないね。大体「カネ」なんていうもの、この森では使う人が居ないんだ。なんの役にもたたない紙切れだよ、硬くって鼻をかむこともできない。

でもね、もし君が今晩、この祭りを一緒に楽しもうというなら、ほら、ゆっくり飲んで行くがいいよ。」

〜音〜→〜変わる〜

「さあ、次はほら、あのおじいさん。盲目の吟遊詩人の登場だよ」

〜曲〜

海は私の喜び 輝く波をとらえよう
海は私のふるさと 全てを教えた
時を忘れ 波追いかけ
日暮れの浜辺 愛を語る

海は私の悲しみ あの日押し寄せた波が
全てを飲み込んでいった 舟も 櫂も
愛するものたちさえも

そして打ち上げられた 洞窟の暗闇
確かにあなたの手を 掴んで居たはずなのに
その手は 冷たく…

あなたの居ない世界に どれほど価値がある?
長い夜が この身体と この心を 凍らせる

あなたの居ない世界に どれほど意味がある?
この目にはもう あなたの姿も光も映らない

〜音つづく〜

「おや、今日は新しいお客人がいるようだね。さてはこの辺りで道に迷ったかな?

この森にはときどき、道に迷った旅人がやって来る。かつての私もそうだった。大きな津波に飲み込まれ、妻をなくし、目も見えなくなった。浜辺にぽっかりと空いた鍾乳洞に流れ込んでね、自分がもう生きているのかも分からないまま、洞窟の壁をずっと伝って歩いてきたら、この森にたどり着いたというわけさ。

この森には、じつにさまざまな境遇を抱えた人たちが暮らしている。誰かに裏切られ、大切にしていたものをなくし、人生に迷った旅人たちが、ここで旅をするのをやめ、新しい人生を生きて行くんだ。

さっき君は見ただろう、あの音の聞こえない娘が踊る姿を。あんな心躍るような美しいものに、これからも出会うことができるのだよ、あなたがただ 生きてさえいれば!」

〜曲〜

あなたの居ない世界に どれほど価値がある?
君が笑い、君が泣いて それだけでそれだけで

あなたの生きる世界は こんなにも素晴らしい
やがて生命 尽きる日まで 生かされているのだから
大きな力に

〜鈴の音〜

バックミラーに映る朝陽が眩しくて、私は目を覚ました。乗り捨てたはずの赤いレンタカーの中で、私は眠っていたらしい。あの、森の人たちは夢だったのだろうか?鬱蒼とした樹々の間から降り注ぐ朝の光が、とても清々しい。徐々に昨日の出来事を思い出す。私は昨日、友人と男とお金とを、いっときに失った。だからなんだと言うのだ?約束を守れない友達など、友達ではない。私より自由を愛する男に、愛を与える価値などない。お金なら、食べていける分だけあればいい。

鍵を回すと、エンジンが軽快な音で回り始めた。

そうだ、この車は今日の夜までに返せばいいんだった。会社には後で適当な言い訳を言うとして、今日は少しドライブを楽しもう。河口湖に映る富士山も見てみたい。私は森の中の道を、昨夜来たのと反対に走り始めた。鼻歌を歌いながら…

〜曲〜

私の生きる世界は こんなにも素晴らしい
やがて生命 尽きる日まで 生かされているのだから
大きな力に


2018年4月22日日曜日

春になっちゃった

最近、花粉がだいぶ楽になってきたよね〜と感じてるのは、私だけではないはず。
3 月の中頃からずっと、なんとなくダラダラと風邪っぽい感覚が続いていましたが、ようやくすっきりしてきたような。。

最近の(そんなに最近でもない)いろいろまとめて。

3/17 私のやってるクラシックポップスユニット(?)Kharites の 1st Album [祈り~Prayer~]のレコ発記念 LIVE @ 両国門天ホール、無事終了しました。お越しくださった皆様、ゲストアーティストの山中裕平さん、スタッフ各位、本当にありがとうございました。笑いあり、涙あり、あっという間の 2 時間でした。
Album はライブ会場のほか、HPでも販売していますので、ぜひ☆


4/14~15 山口・広島ちょいツアー行ってきました。山口は徳山 Ocean Boulevard という、店内に砂浜がある地下のライブバー(想像しにくいと思うんですけど…)、広島は A.M. Hiroshima という、お客さんもマスターもとにかく楽しいお店で。移動中に立ち寄ったお店でも素敵な出会いがあったりして、とても濃い2日間でした。
(A.M. Hiroshima のマスター ノッチさんとお客様とともに、ライブ翌朝の広島駅でカレーを食べる 7am 。全員寝てない…笑)


文学部出身のわりに日本文学を全然知らない私。最近めずらしく芥川龍之介作品を少しだけ読んでみています。

芥川の文章は、私にとってはリズム(というか多分 主語の置き位置)が馴染みにくいので、少々読みづらく何度も同じ文章を読み返してしまう。だからなかなか進まない。でも、最後の落としどころで しばしばハッとさせられるような表現に出会って、この偉大な作家の「心の有り様がわずかに動いたことへの敏感さ」に、時折仰け反りながら読んでおります。

⬆️「或阿呆の一生」(芥川龍之介)より「八. 火花」「十七. 蝶」

この「蝶」の一節を読んで、畑崎大樹さんの「Butterfly」の蝶と同じ蝶のような気がしてしまったのでした。

2018年1月24日水曜日

2018

あけましておめでとうございます。
大変遅ればせながら…。
音楽で、SNSで繋がってくださっているみなさん、今年もどうぞよろしく。

さて、去る 1/20 今年ひとつめの特別企画、khat feat. よしうらけんじさんをお迎えしての Ambient Session[秘密基地]、盛会のうち無事終了しました。
お越しくださった方、準備や宣伝にご協力くださった方、出演者のよしうらけんじさん・タカスギケイさん・畑崎大樹さん、会場 アトリエ第Q藝術の早川誠司さん、皆様に心より御礼申し上げます。

今回のライブ、じつは昨年秋頃に khat が出演したライブの帰り道、出演時間の短さに deep なファン達が消化不良を起こし(笑)、「khat ばっかりとにかくお腹いっぱい聴くライブやりたい!」という事になって企画したイベント。
以前から khat の音楽は「音」という枠を超えた美しいオブジェのようなアートだと感じて、彼らに相応しい場所を探しているなかで、今回の会場「アトリエ第Q藝術」にたどり着きました。
ここは一昨年の5月に畑崎大樹さんのワンマンライブを開催したブックカフェ槐多を擁した明大前のアート発信地「キッド・アイラック・アート・ホール」(2016年末に閉館)の後継とも言える会場。
日本画家の故 高山辰雄氏のアトリエとして使われていた邸宅のため、調度品など所々に深い趣が残る建物。キッドの早川誠司さんが、アートの発信地を守りたいという思いから、高山氏のお孫さんと共に運営されています。
昨年秋オープンのお祝い・ご挨拶に伺って地下室を見学させて頂き、一目で「ここで khat のライブを」と思い決定しました。

今回のテーマは「秘密基地」。もしかしたらお分かりになった方もいるかも知れませんが、大樹さんのオリジナル曲「フルート」のなかに出て来る「真夜中の基地」をイメージしたライブ会場にしたかったのです。真夜中、お屋敷の地下の秘密基地に特別な仲間たちが集まって、khat の音楽とともに不思議な旅をする、そんなイメージです。

「フルート」の歌詞に出て来るアイテムがいくつかセットのなかに紛れ込んでいたのですが、見つけられた方はいるかしら?(←マニアック過ぎ)

それから舞台後方に飾ってあった 3 つの写真、暗くてよく見えなかったと思いますが、こんな写真でした。この3つは出演者のお三方の私なりのイメージです。

よしうらさんのパーカッションからは、いつも大地の響きのようなエネルギーを

タカスギさんの音色からは水や空気のようなキラキラした結晶のようなもの

そして大樹さんのギターと声には、人間の生命の根源的な力を感じています。



ライブは前半 45 分、後半はなんと 1時間半という長丁場。しかもほとんど MC なし(途中で 1 回、タカスギさんによるすごい MC がありましたが...。あの”笑いに厳しい”大樹さんが「ケイくん、咄嗟にそれ出てくるなんてすげーわ、感動した」と。みんなも同じ気分だったと思います。びっくらした💦)。

あとはもうひたすら khat の世界に浸りきりました。

x
感想は ... これは聴きに来て下さった方にしか分からない。「最高」という言葉では言い表わせないくらい素晴らしかったです。
音楽を現す表現で「お酒に合う」とか「踊れる音楽」とか言うけれど、この夜の khat のライブは「音楽にただひたすら聴き入ること以外、何もしたくない」ような音楽でした。奏でる 3 人の姿もとても美しくてかっこよくて、片時もステージから目が離せませんでした。(主催者なのに完全にお客さんになってしまってた。)

そしてもうひとつ、とても感動したこと。それは会場のアトリエ第Q藝術の早川さんが、本当に親身になって一緒に会場作りをして下さったこと。通常は蛍光灯の控室や通路の灯りを、イベントのイメージに合わせてわざわざ白熱灯に替えて下さったり、セットの並べ方も「もっとこうした方が映えるかも」と色々なアドバイスを下さったり。
私は学生の頃に演劇の大道具をやっていたことがあり、セット作りは初めてではないのですが、やはり平素からたくさんの舞台に関わり、照明のプロとして活動していらっしゃる方の視点はじつに的確で有り難かったです。(「モノ」を光が当たった時のことを考えて立体的に見ていらっしゃるんだなというのが印象的でした。)

では最後にちょっとだけライブのダイジェスト動画を。(ちょっととは言っても 10 分ありますが ...)これは、おもにライブに来てくださった方と、どうしても来られなかった方むけの動画です。(当日、ご本人や周りの方の風邪が原因で急遽キャンセルされた方が少しいらっしゃいました。きっと楽しみにしていて下さったと思うので少しでも当日の雰囲気を感じて頂けたらと。)



ライブの日の前日、よしうらけんじさんが Facebook のタイムラインで「khatはじっくり聴くことで1晩の物語が完結する要素があります」と書いていらっしゃいました。本当にその通りだと思うので、この動画で khat にご興味を持たれた方は映像だけで満足せず、ぜひライブ会場に足をお運びください。次回の khat feat. よしうらけんじ ライブは 2/26(月) 池尻大橋 CHAD にて。



2017年12月26日火曜日

白いワゴンのおはなし

夜が更け、街じゅうが寝静まるころ、私の街にはときどき一台の白いワゴン車が現れる。
それは静かに電柱の脇に停まり、アスファルトの道路の隅に散らかった何かを積み込むと去ってゆく。
このあいだの晩も、仕事帰りに駐車場に車を停めて出てきたところで、このクルマを見かけた。少し離れた電柱の陰から見守っていると、運転席から降りてきた人影が道端に積まれた、ちょうど畳を半分に切ったほどの大きさの粗大ゴミらしきものを手早く積み込んでいた。

ー あれは M君の家ではないか

M君はこの街に住む私の数少ない友人のひとりで、田舎からこの街へ画家を志してやってきた男だ。たしか故郷は中部地方のどこかだと聞いた。
なるほどM君の捨てた四角いゴミとくれば、失敗作の油画かなにかかもしれない。画家はたいへんだ。彼に引き比べ私のような音楽を作ることを生業としている者は、まだ救われる。作品が失敗作に終わったところで、無駄にするのはせいぜい紙とインクと創作に使った時間くらいのもので、しかも時間だけは余るほどにあるのだから。

そのとき電柱のうえの切れかけた街燈の灯りがチカチカと、M君の四角いゴミを照らした。ほんの一瞬だったので定かではないが、女性の姿を描いた絵のように見えた。

それから白いワゴン車は古びたイーゼルを積み込んで、静かにエンジン音を響かせながら去っていった。

私は急いで今さっき出てきた駐車場へ戻ると鍵を回した。白いワゴン車が、どうにもただの廃品回収業者のようには思えなかったからだ。
彼(果たして男か女かも分からない)がなにを回収し、それをどこへ運んで行くのか、確かめたくなった。

街から幹線道路へ抜ける道は一本で、私はすぐにそのワゴン車の姿を捉えた。あまり近づきすぎぬよう、かといって見失わないよう、程よい距離を取りながら後ろについて走る。
向こうはというと、私の存在に気づいているのかいないのか、速度を変えることなく夜の街道を走り続けた。

ラジオからはヴァイオリンの演奏が流れている。どこかで耳にしたことのある旋律だが、クラシック音楽には明るくないので、なんの曲だったか思い出せない。街道沿いに続く街灯が、まるで音楽に合わせるようにテンポよく通り過ぎ、光のメトロノームのようだ。

もうどれくらい走り続けただろうか。気がつくと白いワゴン車と私の車は、荒涼とした砂丘の脇にたどり着いた。
ワゴン車はそっと荷台を開けると、積荷を順々に砂の上へ並べていった。
すると、そのうえに、サラサラと砂が覆いかぶさってゆく。風は吹いていない。
まるで大気中に流れるなにかが、空の途中で固まって降り注いでいるかのように、砂はあとからあとから舞い落ちて、並べられた品々を覆い隠していった。

やがて仕事を終えたワゴン車は、また静かにエンジン音を鳴らし、夜の中へと走り去っていった。

ひとり取り残された私は、砂丘の砂をそっとかき分けてみた。
M君の捨てた絵。
やはり女の人の絵だ。抽象的だが美しく、どこか哀しげな佇まい。私はM君の秘密を覗き見てしまったような苛責を感じ、慌てて砂をかぶせた。
少し離れたところには使い古されたギター。糸巻きと湾曲した木製の本体の一部とが、砂から顔を覗かせていた。
そのとなりには、砂がぎっしり詰まったスパイクシューズ。
また少し歩くと白いボタンのついた白い布。料理人が厨房で着ているあの服のようだ。

私はここまできたあたりで、ようやく分かり始めた。
白いワゴン車が集めてくるもの。それは続きを失くした「夢」の残骸なのだと。

いつの間にか、月が空の真ん中に登っていた。月明かりに照らされた砂丘の砂の合間で、ひときわキラキラと光るものに目がとまった。

ー ああ、あれは…

私は確かに「それ」に見覚えがあった。
見覚えがある、どころではない。
まだ10代半ばの時分からほんの数年前まで「それ」は常に私の生活の真ん中にあり、「それ」に触れない日はなかった。
「それ」は、いわば私のすべてだったのだから。
私は懐かしくなり、思わず「それ」に手を伸ばした。砂をそっと払いのけ、昔のように「それ」を手に取ってみた。

けれども、一体なんと説明したらいいのだろうか。「それ」はかつての「それ」とはまったく違っていた。
重さも、手触りも、なにかかも。
そしてかつて「それ」を手にした瞬間に味わっていた心踊るような高揚感が、今はもう欠片も湧いてこないのである。

ー そうか。

自分の口からこぼれた言葉の意味は分からなかったが、すべて分かったような気がした。

そして車に戻ると、そっとエンジンを掛けた。

・・・・・

街に戻ってきたのは、もう空が白み始めた頃だった。見慣れた小さな商店街はまだ、どの店もしっかりとシャッターを閉めて眠っている。

私は駐車場に車を戻し、アパートへの道を歩いた。誰もいない路地の奥、アパートの手前にまたあのワゴン車が停まっている。
朝から回収だろうか。
かどうやら少し様子が違う。荷台を開けている様子がない。
私はワゴン車の脇をすり抜け、部屋へ戻り眠りについた。

カタン…カタン、アパートの集合ポストに何かを入れている音が、夢の向こうからかすかに聞こえた。

翌朝(といっても昼もとうに過ぎた頃だが)私の家の郵便受けには、なにも入っていなかった。

M君は、故郷に帰ったらしい。

2017年10月21日土曜日

一文字の持つ意味

を考えさせられた昨日。

Facebook で以前に少し書いたけれど、もう一度同じ話をすると。。

私がよく通っているバーのマスターが

「常連さんで引っ越した子がいてね〜、
趣味で曲を作ったり歌ったりもしている人で、
引っ越しの前夜に飲みに来てたんだけど。
前々から引っ越し先に少しずつ荷物を運んでいたから
最後の日の夜は残った荷物少しと、
布団しか部屋に残ってなくて
「あ〜、これから空っぽの家に帰るのか〜」って言ってたから
「そういう時しか書けない曲があるかもよ」なんて言いながら
「kei ちゃんだったらどんな曲を書くかな?」と思ってたよ」

と言ってくれたので、「明日引っ越す人の歌」を書いたのでした。

曲が出来上がったのが今週初めくらいで、
今週水曜日の曼荼羅ライブでさっそく歌ったら
わりとご好評を頂けて嬉しかった。

でも前回の投稿でも書いたけど、私の曲は
一度ライブで歌った後に、またちょっと変わる。

昨日、この曲について人に相談したところ
すごく意外で的確な意見をもらった。

「明日この部屋を出て行く」
という歌詞が出てくるのだけれど
「明日この部屋を出て行くよ」
にしたらどうか、と。

「よ」一文字があるかないかで、何が変わるか。

・出て行く部屋や街に対するさよならの気持ち
・次に住む場所への希望

「よ」が入ると、確かに歌の主体が人間的になって
寂しさや明るさのような、感情や色彩の幅が生まれる。

そうすると最後に、扉を閉めて出て行く姿も
なんとなく浮かんでくるような。。



(どんな曲か分かる程度のクオリティの音源なので期待しないで...)

適当に作っているようで、以外と一文字にも意味がある
ソングライティングの世界。

面白いでしょ!
面白いですかね...?💦

私は昨日すごく感心してしまったのでした。


※今月のライブは 10/23(月)幡ヶ谷Wai、そして 10/27(金)下北沢 空飛ぶこぶたや。
詳細は HP にて。よろしくお願いいたします。

2017年10月3日火曜日

曲を完成させるということ

なにを以って「完成」というか、すごく難しい。

だいたい曲は自宅で作る。
歌詞、コード、メロディを行ったり来たりしながら。

大枠が完成すると、今度は録音して、何度も聴きながら手直しする。

そして新しいもの好きな性格のため「これでいいっか」と思うと、わりとすぐにライブでやってしまう。

ライブで演奏すると、歌いにくい場所や冗長な部分が見えてくる。

そしてまた手直し。

時には「これで完成」と思ってから何ヶ月も経って、コードを変えることもある。

結局いつまでも「完成」は来ない。
だからなかなか音源化も出来ない。
まだこれで完成と思えないので。

でも「もういくらなんでも、これはこれで完成」と思って音源化したところで、必ず変わる。

1枚目のアルバムの1曲目は、現在のライブではキーが違うし、3曲目は構成が違うし…。

誰かが以前に「レコーディングは思い出作り」と言っていたけれど、本当にその通りかも。

その時点でこの曲は、自分の演奏はこうだった、という思い出作り。

というわけで、1曲「思い出作り」しました。
よかったら聴いてみてくださいね、「灰の翼」。

永遠に続くものなんてなくて、
あの時あーしてたら今頃こうなってたかもとか考えることも意味はなくて、
それは空の途中で消えて無くなってる飛行機雲と同じで、
だからちゃんと自分の未来を生きようぜ
という感じの曲です。(説明が軽い...)


「なにを以って完成とするか」

どこかで聞いた話。昔の高名な芸術家は「こういうものを作ろう」と着想した時点で作品は完成している、といったとか言わないとか。

そんなことを言い出したら、もうなにも作る必要なくなっちゃうけども。。

2017年9月3日日曜日

Life Garden Bangkok Tour まとめ


8月22日〜9月1日の約10日間、タイ王国の首都バンコクに行ってきました。
主な目的はもちろんライブと、あとは現地のミュージシャンたちと出会い繋がりを作ること。
最初は3本だけライブを予定していたのだけれど、終わってみれば5ほんのライブ + 2 つのお店で飛び入り演奏をさせて頂いて、思っていた以上にすてきなミュージシャン達と繋がることができて、本当にいろんな方のご好意に支えられて、有意義な10日間でした。

記憶が曖昧になりがちなお年頃なので(笑)自分への記録として、どこでなにしてたかをログっておきます。ご興味のある方はどうぞご一緒に、私の旅を楽しんでください。(すごく長いです。)

出発まで:
・バンコクのレストラン「Brown Eyes」が 8 月末で閉店されることを知り、訪泰を決心。このお店、私が畑崎大樹さんのライブツアーを聴きに、初めて一人でバンコクに行った 4 年前に、初めて行ったお店で、その後もバンコクに行くと立ち寄っていた思い出のお店。バンコクの Nami さん に急遽ご連絡して、お別れライブを企画していただく & Fujiyama Night への出演決定。
・バンコクに住む尊敬する先輩シンガー ACHI さん にご連絡して共演 OK のお返事をいただく。
・何人かのタイ人、またはタイ在住経験のある友人(みんなミュージシャン)からオススメのライブハウス情報を聞き出す。
・その他、面白そうなカルチャースポットを下調べ。

8月22日(火):出発&到着

・羽田発午前便で夕方前にバンコク到着。宿(日本人のご夫婦が経営する Marodo というゲストハウス。古い民家を改築した綺麗で落ち着いた場所です)に到着、その日の朝まで You The Rock さんとラッパ我リヤさんが宿泊されていたらしい。

・宿の1階は小さいバーになっていて毎晩在タイ邦人の方達が飲みに来られるので、ひとりで行っても全然寂しくないです。
・夜に早速 Nami さんが様子を見に来てくださって、12 x 12 という、以前にライブをやらせて頂いた日本人の方が経営しているバーに飲みに行き、翌日のライブ開催を決定。


8月23日(水):トンロー散策 & 雨 & 夜ライブ

・前々から行きたかったビンテージレコードショップ「1979 vinyl and unknown pleasures」を見に、地図を頼りにトンローを散策。よく分からないが「1979...」と「Bungkumhouse Records」というレーベル(?)が同居しているのか、ふたつの看板が出ているお店。

・「静かなアコースティック音楽が好きなので、地元のインディーフォークのおすすめを教えて」とお願いしたら、即座に数枚のアルバムをチョイスして見せてくれた。一枚目に選んでくれたアルバムを視聴させて頂いて、最初の数秒でちゃんと意図が伝わってる+めっちゃ趣味がいいと言うのを確信、おすすめアルバムの中から特にジャケットも好きな2枚を購入。
・ここで以前にインストアライブをしている画像を見たことがあったのでライブについて聞いてみたところ「近所からのクレームが結構あってもうできなくなっちゃった」とのこと。代わりにいいライブハウスや有名なライブイベントを幾つか教えてくれた。
・帰りの道すがらスーパーで買い物をしていたら、お約束のスコール。小降りになるまで絶対外に出られないレベルなので、しばらく eat-in コーナーのベンチで雨観察。
・小降りになった雨のなかを宿に戻り、前日に聞いた You The Rock さんの DJイベントに顔を出すべくタニヤ(バンコクの日本人限定の歌舞伎町みたいなエリア)のバーへ。
・イベントを1時間弱楽しませて頂いた後、自分のライブのため 12 x 12 へ。夜 22:00 ライブ開始というあたりがタイらしい。そのくらいの時間にならないとお客さんが集まらない(笑)。
・Nami さん & 私のアットホームなツーマンライブ。Nami さんの昭和の歌カバー、好きだな。こんないい歌、そういえばあったよな、というのをたくさん思い出させてくれる。特に「傘がない」が最高でした。私のライブをすごくちゃんと聞いてくださっていた現地のお客さん何人かと終演後ずっとおしゃべりして(幸いみんな英語ができる)、インドネシア出身の Iman さんという方(じつはドラマーさん)とお友達になった。Iman さんが昔インドネシアでやってたバンドの音源がこちら。なんか、すごく好き。


8月24日(木):Apple Show さんと再会 & ライブ追加 & ACHI+SACHIさんライブ

・下北沢で出会ったタイ人のウクレレ弾き語り女性シンガーの Apple Show さんに会いに、彼女の経営するカフェに遊びにいく。モタサイ(バイクタクシー)とBTSを乗り継いで。Apple さんのお店は白を基調とした天井が高い素敵な空間で、壁にたくさんウクレレが飾ってあってとても居心地がいい。「トムヤムソースがけオムライス」みたいな美味しいランチを頂いたあと、しばし一緒に楽器を弾いて遊んだり、お店に遊びに来た彼女の友達のリクエストでオリジナル曲を演奏させて頂いたり。彼女がその場でギャラリーカフェ GOJA のオーナーに電話してくれて、なんとふたりでライブ実施決定。恐るべし、タイ人の即断実行力!







・これからFoo Fighters のコンサートに行くという Apple さんとお友達に途中まで送ってもらって、ライブの打ち合わせをすべくギャラリーカフェ GOJA へ。オーナーの一人である日本人DJのToruさんがいらしたので超スムーズに打ち合わせが出来てラッキーでした。
・夜は31日に出演させていただく Ifitis というレストランに、ACHI&SACHI さんのライブを聴きに。数年ぶりに聞く ACHI さんの声は本当に素晴らしくて、あんなふうに歌えることが正直ちょっと羨ましかったなぁ。


8月25日(金):買い物!!

・私、そんなに物欲がない人なのでブランド物とか全然興味ないのですが、今回これだけは買おうと思っていた物があって。それは Kharites でライブする時のキラキラ系の衣装!日本で買うとドレスってかなりお値段が高いのですが、バンコクはこういう物がかなり安く買える街。しかも プラティナムファッションモール というビルの中には専門店がたくさん入っているので、ここで終日お買い物。いいのが買えました。

・往路はバスで行ったら渋滞で1時間くらいかかったので、帰りはエクスプレス・ボートという船に乗ってみた。運河の水が相当汚いのでしぶきが掛からないように要注意ですが、非常に快適です。

・宿に帰宅後、急遽決まったギャラリーでのライブのために、機材のことを相談という名目でまたしても Nami さんを呼び出し(笑)、Kenji's Labo のカレーで晩御飯。やはり日本の味は美味しい。

8月26日(土):Birthday Party & ライブ出演 Fujiyama Night vol.72

・友人の娘さんの 3 歳のバースデーにお呼ばれして、サパーンタクシンという街までお出かけ。「よく一人で来れたねぇ」と驚かれる。便利だね、Google Map って...。そして他のゲストたちの集合を待つあいだ、本日の主役と心ゆくまでおままごとやって真剣に遊ぶ。あー、かわいい、本当にかわいい💕子どもは男の子がいいとか思っていたけど、女の子もいいかも。そして夕方、私のライブの入り時間が迫ってしまったので、途中退席して宿へ。

・夜のライブは Gold Plus というお店にて、バンコクの日本人ミュージシャンが出演する Fujiyama Night 。今年の3月には吉祥寺曼荼羅に Nami さんをお迎えして「逆 Fujiyama Night」やったなーと思い出す。共演は 伊藤タケシさん(バンコクで飲食店をされている)、Nami さん、黒田絵里さん率いる La Luce。オリジナルあり、カバーあり、それぞれに違った個性の出演者で、面白い夜でした。照明のこととか色々注文してしまったけど快く対応してくださって、わりといいライブが出来たと思います。


8月27日(日):Brown Eyes Farewell Party

・冒頭で触れた、私にとっても思い出深いレストラン Brown Eyes の閉店ライブ with Nami さん。昼下がりのライブなので、ライブ前にお店でランチを。最後と思うと何を頼むか悩む。このお店が今の場所に移転する前のお店が古い民家を使った一軒家レストランだったのですが、その雰囲気が今でも忘れられない。
・ライブには本当にたくさんの方が足を運んでくださって、このお店がいかに皆さんから愛されているか改めて感じました。このライブでは普段あまりやらない「帰ろう」という私の祖母の家を思って書いた曲を、この日は移転前の Brown Eyes を思い出しながら歌いました。あと私がタイに来るきっかけとなった畑崎大樹さん(ASIA SunRise)の「雨が降る」という歌がこのお店の最後のお別れにぴったりだと思ったので、カバーさせて頂きました。それからタイでジャズを歌っている Mimi さんも特別ゲストとして参加してくださって、1 曲伴奏でご一緒させて頂きました。

・Brown Eyes のオーナー Kumi さんは、閉店後はエカマイというエリアで米糠酵素風呂のお店を計画中とのことなので、次回はそちらに伺うのを楽しみにしています。

8月28日(月):マッサージ & Iron Fairies

・この日は一日ダラダラしようと決めていたので、昼過ぎぐらいまでひたすら漫画読んだりギター弾いたり。午後になって、泊まっている宿 Marodo(宿泊者が私だけのため、この頃になるとほとんど「私の家」状態...)のオーナーさんに教えてもらったマッサージ店 Doctor Feet へ。やっぱり地元の方のおすすめなだけに技術が確かで、今までタイで受けたマッサージの中で一番上手だった。足裏の「目のツボ」がびっくりするくらい痛くて、スマホやりすぎを少し反省したのでした。
・夜、この日はどこにもいかないつもりだったけれど、やっぱり出かけたくなって近くの Iron Fairies というバーへ。ここはいわゆる「西洋人観光客がいっぱい来るバー&ダイナー」で、食事がすごく美味しかった。月曜なので OPEN MIC をやっていて(私は歌わなかったけど)ホストの TEE the VOICE という方の歌が、のびやかで本当に上手でびっくりした。

8月29日(火):The Jam Factory & Adhere13th & Fatty's Bar/Dinner

・前日のダラダラでエナジーチャージできたので、この日は活動的にバンコクの面白そうな場所を巡る。まずは BTS とバスを乗り継いでバンコクの新しいアンダーグラウンドカルチャースポット The Jam Factory へ。落ち着いた中庭に面したガラス張りのギャラリーで「Unknown/ Asia Awards Exbision」という展示をやっていて、興味深く拝見。シンガポール、インドネシア、タイ、韓国のアーティストたちの作品が展示されていて、なかでもインドネシアの Ardneks という人のポスター作品が目を引きました。

・同じ敷地内にある、古い倉庫を改装して作ったカフェ&レストラン The Never Ending Summer  でランチ。超ベタにタイのグリーンカレーを。ちょっとお値段は高いですが、味は間違いなく旅行者の口にも合うようにできてます。

・それから路線バスに乗って、ワットポー(涅槃寺)や王宮の近くを抜けてバックパッカーの聖地カオサンエリアのサムセン通りへ。事前に何人かの人にバンコクのおすすめライブスポットを聞くたびに、サムセン通りの Adhere13th Blues Bar というお店の名前が出てきてたので、今回絶対行くことに決めてました。この日ライブをやっていたのが Mr.Wyachai さんというミュージシャンの方で、洋楽やタイの歌をギター弾き語りでカバーされてました。この人がとにかく演奏する姿と声がとても渋かっこいい。次にタイに行ったらまたライブ聴きたいです。

・そのあと最初のライブで友達になったインドネシア人ドラマー Iman さんが教えてくれた Fatty's Bar/Dinner へ。(Iman さんに「これから行くよ〜」と連絡したら仕事帰りに来てくれて嬉しかった(^^) )お店ではオープンマイクをやっていたので、お店のギターを借りて私も歌わせて頂いたり、そのあとオーナーの Matthew さんとも仲良くなったり。ただ一つ心残りはこのお店のハンバーガーを食べられなかったこと!!次回の宿題が増えた...。

8月30日(水):GOJA Live with Apple Show Band

・プラカノンの駅近くにある GOJA で、Apple さんがアレンジしてくれたアコースティックライブ。夕方から機材を持って会場へ。普段は音楽イベントは DJ イベントしかしないので、スピーカーはあるけどそれ以外の PA 機材やマイクスタンド等を Nami さんから借りて持参。持参したミキサーの出力がフォーンケーブルで、お店のスピーカーケーブルがRCAケーブルだったので「どうしよう、音が出せない」と焦っていたら「店の隅っこに RCA → フォーン変換プラグが落ちている」という奇跡に恵まれ(まじで奇跡です)無事セッティングを完了。
・ライブは当初 21:00 スタートを予定していたのですが、お客さんが 22:00 くらいからの方がくると思う、というお店のすすめにより 22:00 スタートに変更。(最初のライブでお会いした女性の客様が再び来てくださったのですが、スタート時間が遅くなったので予定が合わなくて帰ってしまったのが悲しかったなぁ...。またどこかで会えますように。)
・Apple Show さんはサポートのギター Knot さんとパーカッション Suwat さんと共にバンドスタイルでのウクレレ弾き語りライブ。Apple さんの透き通った声も、いつも笑顔な姿も本当に美しくて大好き💕曲は親しみやすい明るいメロディの曲が多くて、もう何曲が覚えてしまった。「Still」という曲の MV が Youtube で視聴できますので、ぜひ。来日された時には一緒にライブやりたいと思いますので、今から楽しみにしていてください!

・私のライブは、この日はちょっとまとまりがなくなってしまったのが反省です。何曲やるか、何をやるか、全然考えずに臨んだのですが、準備やセットリストの大切さを(最終的にライブ中に変えるとしても...)改めて実感したのでした。でも CD 買って頂けたり、お店の方からも嬉しいコメントを頂いたり、最終日に向けて良い意味で気合が入りました。

・終演後、打ち上げ的な夕食でローカルな食堂へ。そこに STOIC というバンドのボーカルさんが遊びに来てくれたり。全員で話している時はほとんどタイ語なので何を言っているか全然わからないんだけど、でもなんとも楽しい夜でした。(私が辛いものを食べると「辛い、辛い」と騒ぐので、面白がられてた感じ...。「これは食べれる!」みたいなものがあると、みんなで「Yeah~!」みたいな。笑)

8月31日(木):再び Brown Eyes、ライブ Ifitis (with ACHI&SACHI) からの Wild & Co.

・この日で閉店となる Brown Eyes でランチ with ベリーダンサー YOKO。お店に入ると私の CD が店内 BGM で掛かっててなんか恥ずかしい。代わる代わるたくさんのお客さんがオーナー久美さんに会いに来て賑やか。ひとしきりランチの客足が落ち着いたところで YOKO のゲリラステージ。赤い孔雀をデザインした衣装も新作のファンベールもゴージャスでかっこよかった。

・夜は Ifitis で ACHI&SACHIさんのライブにゲストとして出演、30分ほどのステージをやらせて頂きました。吹き抜けの店内の1階のステージでライブだったのですが2階が貸切パーティをやっていてかなり大騒ぎをしていたので、いままでやったことのない雰囲気の中でのライブとなりました。私の音楽は本来は歌詞だったり、細かい表現の部分を聴いてもらいたいものではあるのですが、逆にあのくらい騒がしい環境だと、ちょっとの演奏ミスは全然聴こえないし、歌詞も多分半分くらいしか聞こえない分、メロディ中心に聴くライブになったと思うので、ある意味とても良い経験が出来たと思います。自分も一生懸命自分の出している音を聴いていないといけないので、いつもより音楽に集中できたライブでした。


・前日にお会いした STOIC さんが Wild & Co. というお店でライブをされるということなので、自分のライブ終演後に聴きに行きました。お店に着いたときちょうど 2nd ステージが始まる前で(本当にタイのライブって始まるのが遅い...)たっぷり聴かせて頂きました。STOIC はアコギボーカル・エレキギター・ベース・ドラムスに、チェロという編成のポストロックバンド。ボーカルの歌唱力・表現力の高さ、バンドメンバーの演奏力、楽曲のセンス、どれを取ってもクオリティが高くてものすごくかっこいい。一目でファンになりました。

・ライブ中にボーカルさんが私に「1曲やる?」と声をかけてくださったので、ご好意に甘えてオリジナルを1曲歌わせて頂きました。STOIC さん、突然の飛び入り不審者の音楽を優しく聞いてくださった観客の皆様、ありがとうございました。そしてなにより、このお店の音の良さに驚きました。


9月1日(金)朝の便でバンコクから東京に戻ってきました。帰ってくるなり下北沢 Big Mouth での畑崎大樹さんのライブへ。終演後 お土産を渡して、タイでのライブのこと、出会った色々なミュージシャンについて、堰を切ったように大樹さんに報告。学校であったことを親に話す子供みたいだと自分で思ったのでした。